キタノ・ブルー〜映画監督北野武の作品たち〜

smallworldjp2006-10-31

北野が巨匠(master)と呼ばれるようになったきっかけの作品、それがこの『ソナチネ』である。まず、見終わったあとに多くの人が指摘するような「恐怖」は感じなかった。ただひたすらに、強烈な死生観(view of life and death)を全面に押し出している。なんて恐ろしいことを思いつくのか、と思うほど作品における暴力性をとにかく感じたのみである。空き缶を頭の上に乗せて、撃ち合いのゲームをやっている。ロシアンルーレットをする、たけし演じる村川とその仲間たち。ためらうことなく、銃口を頭に向けるたけしの笑顔が怖かった。「あんまり死ぬのを怖がってると死にたくなっちゃうんだよ」。ぽつり、幸にそう呟く村川。そう言うがままに、手打ち式襲撃後の村川は幸の元へ戻る車内で自ら引き金を引く。

誰もが指摘する、砂浜での紙相撲のシーン。何度か見るうちに、たしかに、非常に不気味(weird)で、気持ち悪く(creepy)すら思えてくる。ちなみに、この作品の後、たけしはオートバイ事故を起こしており、やはり彼の持つ死に対する観念(concept of death)を意識してしまう。見たあとに、気になって仕方がない映画はそれほどない。「TAKESHIS'」も同様に、気になって仕方がない作品であった。とにかく、この作品を振り返って思うことは、たけしの死への恐れ(fear of death)が感じられないということ。そうでなければ、このような作品は撮れないのではないか。沖縄、暴力、死、ヤクザ。少ない言葉で説明するならば、こういうことか。

欧州での反響が凄まじかったというこの作品。歴史上、現実的な脅威(realistic threat)を熟知している彼らが理解できて、我々が理解できないものなのであろうか。実は我々日本人とはかけ離れた価値観(sense of values)で、語りかけてきていたのかもしれない。何度も登場する美しすぎる風景と、度を越した暴力シーンのコントラスト(contrast)が、見るものに相当な衝撃を与える。生(lives)に固執し、何が何でも生き抜くんだ、といった現代の価値観に対する強烈なアンチテーゼ(antithese)でもある。北野作品に共通して登場する、徹底して冷徹な、虚無主義(nihilism)的な演技が大好きである。ある観念が彼のような領域にまで達したとき、自分の死ぬ瞬間(もしくは殺されるとき)さえも笑って過ごせるだろうか。北野作品は今後の自分にとって、非常に大きな影響を与えるかもしれない。そんな気がしている。

最後に、何人かのレビューを拝見したが、この作品は精神的に落ち込んでいたり、情緒不安定な人が見るべきではないという意見が多かった。たしかに、メッセージ性が強すぎて、危険かもしれない。「まさか、そんな展開はありえないだろう」。そんな展開が実際に訪れるから、たけしの映画は素晴らしい。これからも北野監督には、今ある常識や固定観念(fixed idea)をぶっ壊してくれる、そんなわけで私は北野作品が本当に大好きだ。

北野武監督の第一作、『その男、凶暴につき』である。様々な意見があるだろうが、面白いと思った。Vシネマにありがちと言うかもしれないが、たけし独特の一流のブラックユーモアが効いている。ビルから突き落とされそうな男の指をナイフで切ったりするシーンなど、1989年、この当時、既に北野の暴力性が垣間見える。

刑事「ガサ入れのとき、流れ弾が子供に当っちゃって大変でしたよ。」

我妻「だって子供狙ったんだもん」

菊池「どうして東さんって刑事になろうと思ったんですか?」

我妻「友人の紹介」

この辺のやり取りも「さすが」としか言いようがない。

この後の作品、『3-4×10月』や『ソナチネ』から北野監督の真髄が表出し始めると言われている。銃をそらして他人を殺してしまうシーンは、今思えばHANA-BIやBROTHERに影響してくるのであろう。見ていて爽快で、たまにドキっとさせられる台詞が印象的。

ヤクザと警察が、単純な悪と正義ではないという構図はTAKESHIS'にも通ずるものがある。実はどちらも映画の台詞にもあるように「キチガイ」で、似たもの同士だったのだ。世界の常識が、たけしの世界では非常識で実に馬鹿馬鹿しいことなのである。

哲学的で難解な作品が多い北野武であるが、その「キタノブルー」と呼ばれる独特の手法をはじめとして、その映像センスにも素晴らしいものがある。

単純に感動できるのはこの『菊次郎の夏』かと思われる。菊次郎と少年の思い出の夏の日々を描いている。破天荒な菊次郎と正男は、しだいに心を通わせていく・・・。久石譲作曲のテーマ曲も素晴らしい。とても明るくて、それでも寂しくも悲しくもある。母の変わり果てた姿を見た正男を、まるで我が子のように慰める菊次郎の姿が印象的である。むちゃくちゃな男のようで、実は一番優しい菊次郎なのであった。

無口な元刑事(=西)が病気の妻と最期の旅に出かけるストーリー。人は何のために生きるのかという問いに対し、実は「目的など最初から存在するのだろうか」とすら考えさせてしまう。それほどまでに、かくも無残な現実に直面していく西。様々な解釈ができると言われる最期の銃声シーンや、元同僚の刑事が「俺にはあんな生き方できねえんだろうな。」とつぶやく最後のシーンなどが特に印象的。ベネチア映画祭では金獅子賞を受賞している。主人公の何とも言えぬオーラと、作品全体の「静」と「動」のコントラストが実に記憶に残る。キタノブルーと言われる非常に美しいシーンの数々も見所のひとつ。

  • BROTHER ★★★☆☆

「Fucking Japくらいわかるよバカ野郎!」で有名な『BROTHER』は、単純にすごいと思える作品だ。日英合作である。HANA-BIにも通じるが、無口な山本にこれ以上ないほどの「オーラ」を感じる。「If you kill him with one shot, I'll give you 10 bucks.(一発で仕留めたら10ドルでどうだい?)」相棒のデニーが恐れおののくと、不敵な笑みを浮かべつつ、敵のヤクザを躊躇うことなく射殺する山本。あれよあれよという間に山本の手に堕ちていくギャングスターたち。日本のヤクザの世界がロサンゼルスはダウンタウンリトルトーキョーで展開されていく。北野映画は「痛い」ことが特徴でもあるが、この作品は最も痛みが伝わる作品。実は太平洋戦争を想起したものだとも言われている。「もう終わりだな、みんな死ぬぞ」そう言って最期の「戦争」に突き進む。そう、かつての日本がそうであったように。

最後にその実験的手法が賛否両論を呼んだ『TAKESHIS'』である。ある瞬間に主人公がイメージの世界に入り込んで、その世界の登場人物がまたあるイメージの世界に迷い込んでゆく。しかし、そのそれぞれの世界はリンクしており、複雑なフラクタル(fractal)を形成する。でも、北野が何を伝えようとしているのか考えれば考えるほど、整合性の取れない部分が出てくる。「たけし」が「たけし」に出会う。そして、最後その二人はピタリと重なってゆく。メッセージ性が非常に強い、非常に難解な作品だとも思える。殺人現場に新聞配達の勧誘が来たり、死体を避けて進むタクシーに乗り込む際「一回でいいですから」と言って乗り込んでくるなどの意味不明な台詞の数々。しかし、たけしという登場人物の苛立ちや人間性、怒りの感情が恐ろしいほど伝わってくる。北野武の精神的な世界を映し出しているとも言われる。外せないキーワードが無数に点在している。電車がこちらへ向かってくるにも関わらず、線路の上でタップダンスをずっと続ける一方のたけし、ドラマの中のスーパースターたけし、コンビニ店員のたけし、オーディションに落ち続けるたけし、さらに、警察に追い詰められ、それでも戦いをやめないたけし、ヤクザと抗争するたけし、そしてタクシードライバーでもあって、米兵に殺される日本兵でもある。北野武の映画の集大成と考えてしまえば容易かろう。しかしながら、そうも割り切れないのだ。監督曰く「理解するよりも体感するほうがいい」。そう、つべこべ言わずもう一度見るべき作品。

北野作品の中でも『キッズ・リターン』(96年)は秀逸中の秀逸。全てのシーンが丁寧に作りこまれていて、見逃す場面は見当たらない。見終わったあとに震えた作品である。栄光と挫折、それは歴史で言えば興隆と荒廃、そして復興である。そして歴史は繰り返す。欧州で非常に好評を博したのも、そのような歴史的裏付けがあるからなのかもしれない。人間の卑劣さ、やさしさ、世の中の不条理、全てが詰まっている。ありがちな青春映画のように甘ったれてなくて、けれども情熱的で、またある時は無機質でありながら残酷でもある。「俺たち、もう終わっちゃったのかなぁ。」「ばかやろう、まだ始まっちゃいねーよ。」これらの台詞が見終わったあと、ズシンと重く津波のようにして心に響く。しばらくその衝撃に興奮が冷めやらなかった。そして、久石譲の音楽も、センチメンタルな作風と見事にマッチしている。実に素晴らしい。必見の作品である。
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